【森内俊之】ライバル羽生との名人戦エピソード・対戦成績は?フリークラス転出の理由は?

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「森内俊之九段」といえば、ライバル羽生二冠との名人戦での幾多の激闘が最も有名です。初名人が羽生さんよりも遅かったにもかかわらず、先に永世名人を獲得など、成績面では晩成型の強豪棋士です。そんな森内さんがフリークラスへ転出したことは大きな驚きで、「理由は何?」と多くの方が思ったでしょう。そこで今回は、森内俊之九段にフォーカスを当てました。







森内俊之と羽生善治

ライバル関係

今も将棋界の第一人者である羽生善治二冠には、3人の同世代のライバルがいました。

順に、佐藤康光・村山聖そして森内俊之さんです。

このうち村山九段は、病気で若くしてお亡くなりになりましたが、佐藤九段と森内九段は、タイトル戦の舞台を中心に、羽生さんと何度も激闘を繰り広げられました。

特に森内九段は、名人戦という将棋界最高の舞台で「9度」も七番勝負を繰り広げました。

当然ながら名人戦は、1度出るだけでも大変な偉業なので、9度とは空前の記録といってもいいでしょう。

対戦成績

2018年2月5日時点で、森内九段から見て58勝77敗です。

負け越しの数は19ですが、常にトップ集団にいる羽生二冠と135回戦うには、同じくトップ集団に長くい続けなければなりません。

羽生二冠と「135回戦った」ことだけでも、十分な勲章なのです。




名人戦での幾多の激闘

まだ二人とも現役ですが、森内 vs 羽生のハイライトといえば、何と言っても名人戦での9度の激闘でしょう。

下記の図は二人の名人戦での対戦成績ですが、特筆すべきは「何度も続けて戦っている」(3期連続+4期連続)ということです。

森内 羽生 結果
54期名人戦 1 4 羽生が名人防衛
61期名人戦 0 4 羽生が名人奪取
62期名人戦 4 2 森内が名人奪取
63期名人戦 4 3 森内が名人防衛
66期名人戦 2 4 羽生が名人奪取
69期名人戦 4 3 森内が名人奪取
70期名人戦 4 2 森内が名人防衛
71期名人戦 4 1 森内が名人防衛
72期名人戦 0 4 羽生が名人奪取

名人戦の舞台へ立つには、A級順位戦という、将棋界のトップ棋士10人が所属するリーグで優勝しなければならないのです。

そんな大変なことを4年も続けるということ自体が、超絶的な記録といえるでしょう。

そんな難関をクリアしてきた棋士を、七番勝負で退けることも困難を極めるのですが、それを繰り返し成し遂げていることも、同じく驚異的な偉業といえます。

史上初の6人によるプレーオフで注目された将棋名人戦は、羽生善治竜王が挑戦者になりました。迎え撃つのは、2連覇中の佐藤天彦名人。今日は、4月11日から開幕するのを前に、見どころのまとめや、どっちが勝つか結果を予想してみました。

森内俊之の成績

森内俊之と順位戦

森内九段は、順位戦の勝率が非常に高いことで知られています。

羽生二冠には遅れをとりましたが、デビュー後7期でA級に上り詰めています。

最短で5期ですから、2度しか足踏みしていないことになります。




森内俊之と名人戦と永世名人

名人は通算5期獲得すると、永世名人の称号を贈られます。

これは、引退後に「◯世名人」と名乗ることが許される称号で、家元制から実力制へ移行してから、以下のように83年間でたった6名しか成し遂げていません。

十四世名人 木村 義雄 8期獲得 1946年達成
十五世名人 大山 康晴 18期獲得 1956年達成
十六世名人 中原 誠 15期獲得 1976年達成
十七世名人 谷川 浩司 5期獲得 1997年達成
十八世名人 森内 俊之 8期獲得 2007年達成
十九世名人 羽生 善治 9期獲得 2008年達成

この表だけを見ると、森内九段の方が羽生二冠よりも早く名人になったように見えますが、そうではありません。

羽生二冠が永世名人にリーチをかけた時点(4期)では、森内九段はまだ1期でした。

そこから一気に抜き去ったのです。

森内九段の永世名人達成の翌年に羽生二冠も達成したのは、ひょっとするとせめてもの意地かもしれませんね。

将棋名人戦6人プレーオフが後半を迎えていて、順位が最も下位の豊島将之八段が3連勝で勝ち上がっています。注目の第4局は18日で、羽生善治竜王と豊島将之八段が対戦します。そこで、第4局はどうなるのか・その見どころは何かについて特集しました。

三冠王

皆さんもご存知の通り羽生二冠は、デビューから驚異的なスピードでスターダムへのし上がって行きました。

そんな羽生二冠を森内九段は忸怩たる思いで見つめていたのでしょう、後年のテレビ番組で「劣等感を持つのがすごく嫌だった」と語っています。

タイトル獲得という点では遅咲きの森内九段の初タイトルは、意外にも名人だったのですが、その名人も奪取の翌年に羽生二冠に奪われます。

その後何か吹っ切れるものがあったのか、年末の竜王戦から王将戦、そして名人戦と3つのタイトル戦で連続して羽生二冠からタイトルを奪い、一気に三冠王(竜王・名人・王将)を達成しました。

世間の森内ファンから喝采を浴びたのはいうまでもありません。




フリークラスへの転出

フリークラス宣言

そんな森内九段も、2016年度のA級順位戦で3勝6敗となり、B級1組へ降級となってしまいました。

名人経験者でB級1組へ降級した人がとった行動は、フリークラス宣言(米長名人)かそのまま指し続ける(谷川名人)ケースがありますが、森内九段が取ったのは前者でした。

まだ40代ということもあって、ファンの誰もが驚いたのはいうまでもありません。

フリークラスとは?

順位戦を指さないプロ棋士のクラスで、引退規定があります。

このうち、フリークラス宣言をすると、二度と順位戦へ戻ることができなくなります。

順位戦へ戻れないということは、名人の道を諦めるということです。

フリークラスと引退規定

フリークラスに所属するパターンは概ね以下のパターンがあり、それぞれ引退規定が異なります。

  • フリークラス宣言をした:原則65歳定年
  • C級2組から陥落した・三段リーグを次点2回で通過:10年以内にC級2組へ昇級できないと引退(定年は60歳)

フリークラス転出の理由

本人が多くを語っていないので、憶測するよりありません。

憶測なので、合っているかどうかは確かめる術はないのですが、三浦九段疑惑事件で揺れた将棋連盟の会長に、ライバルの佐藤康光九段が就任しましたが、佐藤新会長に協力したいという思いがあったのかもしれません。

歴年の会長もそうでしたが、協会業務はきつく、プロ棋士と両立するのは容易ではありません。

A級から降級となったのを機会に、気持ちが固まったのかもしれません。

もっとも、名人戦以外のタイトル戦には引き続き挑戦可能なので、今後も活躍を見守っていきたいと思います。







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