藤井聡太と羽生善治・大山康晴・中原誠を比較した!第1回

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歴代で「時代を造ってきた大名人」である羽生善治・大山康晴・中原誠と、藤井聡太七段を比較してみたいですよね。今回からのシリーズでは、藤井聡太と歴代の大名人を様々な角度から比較してみます。第1回は「プロデビューの年齢」「年度最高勝率」「年度最高勝利数」です。







大山康晴と中原誠

ともに大名人

「谷川浩司九段の前の王者」です。

タイトル獲得数は、大山康晴十五世名人がタイトル80期で、中原誠十六世名人は64期をほこっています。

この実績を超えるのは歴史上ただ一人、羽生善治九段の99期だけです。

現時点では、迫ってくるプロ棋士すらいません。

全盛期はいつ?

「王者」の概念を「過半数のタイトルを獲得した」で定義すると、それぞれの王者の「時代」は以下のとおりです。

時代 全盛期 期間
大山時代 1953年〜1955年

1958年〜1971年

17年間
中原時代 1972年〜1980年 9年間
谷川時代 1991年〜1992年前半 1年間
羽生時代 1993年〜2001年

2005年

2008年〜2009年

2014年〜2015年

14年間

あらためて大山・羽生の両王者が、長きにわたって時代に君臨していることがわかります。

藤井聡太と羽生善治・大山康晴・中原誠を比較 第1回

プロデビューの年齢

プロデビューの年齢は、それぞれ以下の通りです。

  • 藤井:14歳2ヶ月
  • 羽生:15歳2ヶ月
  • 大山:16歳9ヶ月
  • 中原:18歳0ヶ月

このうち藤井聡太と羽生善治は「中学生棋士」ですが、大山康晴十五世名人もそんなに大差がないのは、あらためて驚かされます。

年度最高勝率

藤井聡太七段

2018年度に記録した.849が、現時点では最高勝率です。

この年度は、前年度に引き続いて「朝日杯」で優勝した年で、特に決勝で絶好調の渡辺明二冠を吹っ飛ばした将棋は驚愕でした。

渡辺明二冠は自身のブログでこんなコメントを残されていて、あらためてプロ棋士の間でも高い評価を得ていることがよくわかります。

序盤も理解度が深いし、弱点が見当たらないんですが

出典:渡辺明ブログ

羽生善治

1995年度の.836が最高勝率です。

この年度は、ご存知の通り羽生善治九段が「七冠」を達成した年度です。

大半の対局が「タイトル戦の番勝負で記録したもの」という、もはや「驚き」とか「驚愕」がチープに聞こえてくるような実績です。

この時期の羽生善治九段の強さは、やはりライバルの森内俊之九段の言葉「神がかっていた、何をやっても勝てないような感じで」が一番的を得ているでしょう。

大山康晴

プロ1年目(1939-40年度)とプロ3年目(1942年度)に達成した.875が、最高勝率です。

当時は、名人戦しかタイトル戦がなく、公式戦が少ない中で勝ち続けたあたりに、高い価値があります。

中原誠

1967年度に記録された.855が最高勝率です。

この年度は棋聖戦へ挑戦されていますが、大山時代が終盤を迎えた中で実績を積み上げていっている時期にあたります。

年度最高勝利数

続いて、勝利数の記録です。

大山康晴十五世名人が活躍された頃と今では公式戦の数が違うので、単純な数の記録だと、どうしても現代のプロ棋士の方が有利になるので、そこは割り引いて考える必要はあります。

藤井聡太

29連勝を達成した2017年度に記録された61勝が最高記録です。

羽生善治

羽生善治九段の全盛期の最初の方の記録である68勝は、2000年に達成された記録です。

この年度は、タイトル7つのうち五冠を獲得されています。

大山康晴

長きにわたった大山時代が過ぎた後にも全くタイトルが取れなくなかったわけではなく、中原時代で「強豪棋士」の一角は占め続けられていました。

そんな1979年度に達成されたのが53勝で、王将位を獲得されています。

中原誠

1970年度に達成された56勝が最高記録です。

大山時代の終焉への足固めをしていた時期で、十段(現竜王)と棋聖の二冠を獲得されています。

【次の記事】

藤井聡太と羽生善治・大山康晴・中原誠を徹底比較!第2回







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